ツールの導入を検討しているものの、解決したい経営課題、投資の根拠、導入後の評価方法を社内で説明しきれない。
このような状態なら、製品を比較する前に、対象業務で何が起きているかを整理する必要があります。DX戦略の出発点はツールではなく経営課題です。 課題から必要なデータと業務プロセスを定めれば、投資の候補を同じ基準で比較できます。
DX戦略とは、経営課題を起点に、解決に必要なデータと業務プロセスを定義し、それに合うデジタル投資を判断するための計画です。本記事では、対象業務の選び方から、ROIの試算、稟議、導入後の見直しまで、各段階で次に進む条件を整理します。
このカテゴリは、DX完全ガイドの一部です。DXの全体像はDX完全ガイドで解説しています。
この記事でわかること
経営者やDXの担当者が投資案を検討する際に、課題をどの順序で整理し、何を根拠に次の判断へ進めばよいかを確認できます。
- DX戦略の進め方の順序 — 経営課題を定め、必要なデータと業務プロセスを確認してから、ツールの要件を作る手順を説明します。
- DX投資の判断基準とROIの算出方法 — 現状の工数、見込む効果、導入後もかかる費用を分けて記録し、前提が変わった場合も見直せる試算にする方法を整理します。
- 稟議を通すための提案書の組み立て — 現状のコスト、削減見込み、投資回収期間を、根拠と不確実な点を添えて示す方法を説明します。
- 効果測定のKPI設計とPDCAの仕組み化 — 導入前後で同じ定義の指標を比較し、見込みと実績が異なる場合に見直す順序を示します。
- DXと事業承継・顧客体験の連動 — 引き継ぐべき情報と顧客対応の履歴を洗い出し、業務の変更範囲を決める方法を紹介します。
DX戦略は「ツール選び」ではなく「経営課題の定義」から始める
ツールを先に決めると、導入後に何を改善できれば成功とするのかが曖昧になりがちです。
まず事業上の課題を言葉にし、現状を確かめるためのデータ、そのデータが生まれる業務の流れを確認します。製品比較に進むのは、必要な機能と運用条件を説明できるようになってからです。
課題を書く際は、対策名だけで終えず、困っている場面と影響を受ける判断を結びつけます。
- 対策名だけの書き方 ── 「顧客情報を一元化する」のような書き方
- 場面と判断を結びつけた書き方 ── 「担当者が替わると対応履歴を追えないため、問い合わせへの回答を判断できない」のような書き方
その場面を既存の記録で確認できなければ、まず担当者に作業の流れを聞き、どの情報が欠けているかを確かめます。
よくある失敗は「ツールを先に選ぶ」こと
展示会や他社の導入事例をきっかけにツールを検討する場合も、契約前に対象業務と既存の管理方法を確認します。
同じ情報を新旧の仕組みに重複して入力する運用にならないかを確かめ、残す作業と置き換える作業を明確にします。
選定会議が製品の比較から始まったら、「今、どの業務で何に困っているか」「その状況を何で確認できるか」に議題を戻します。関係者が課題と確認方法に合意できた段階で、製品に求める条件を書き出します。
このとき、製品の機能一覧と業務上の要件は分けて記録します。例えば「案件の進捗を確認したい」なら、誰が進捗を更新し、誰がどの時点で見るかまで決めます。
- その運用を説明できれば ── 候補製品を同じ作業で試せます
- 説明できなければ ── 機能の比較を続ける前に業務の担当者と確認方法を決めます
正しい順序:経営課題 → データ → プロセス → ツール
DX戦略の検討は、次の順序で進めます。次へ進む条件を満たせない場合は、その段階で情報を集め直します。
| 順序 |
決めること |
次へ進んでよい状態 |
| 1. 経営課題 |
解決したい事業上の問題 |
課題を1文で説明でき、経営層が合意している |
| 2. データ |
課題の把握・改善に必要な情報 |
どの情報を、誰が、いつ記録するかが決まっている |
| 3. プロセス |
データが生まれる業務の流れ |
業務の開始から完了までの段階が定義されている |
| 4. ツール |
上記を実現できる製品 |
1〜3の要件を満たすかで比較できている |
例えば「受注見込みを把握できない」という課題なら、案件の金額、進捗段階、受注予定日を誰がいつ更新するかを決めます。
- 営業プロセスの段階と更新の担当者が定まれば ── その記録と集計に必要な条件でCRMを比較できます
- 記録の責任者を決められない場合は ── ツール選定より先に運用を整理します
受注見込みが合わない原因も確認します。
- 案件情報が入力されていない ── 入力の担当と時点を決めます
- 情報はあるのに判断が人によって異なる ── 進捗段階の定義をそろえます
- 定義をそろえても集計時に転記が必要 ── その作業を減らす要件を製品比較に加えます
原因と対策を対応づけておくと、導入後にどの記録を見て成果を判断するかも決められます。
Excel管理の限界がDX戦略の起点になる
現状を調べる際は、同じ情報をどこに入力し、誰が集計し直しているかを追います。
- 複数のファイルへの転記が課題なら ── 入力先やデータの管理方法を見直します
- 入力の重複はなく、集計に手間がかかるなら ── レポートの作り方を先に検討します
原因によって必要な対策が変わるため、利用中のファイルと作業の流れを確認してから改善範囲を決めてください。
ファイルの数だけで移行を決める必要はありません。更新する人、集計する人、判断に使う人の順に情報を追い、最新版を特定できない箇所や、担当者しか意味を説明できない項目を見つけます。
共有方法を直せば解決するのか、入力と集計の仕組みを変える必要があるのかを分けて判断します。
共有方法の変更で必要な情報を追えるなら、その状態を試してから追加の投資を検討します。
経営者が押さえるべきDXの本質
DXでは、どの課題に投資し、どの業務や役割分担を変えるかを決める必要があります。部門をまたぐ判断がある場合、経営者が優先順位と判断する人を明確にすることが重要です。
ここでは、その役割と、個々の投資を経営計画に結びつける方法を整理します。
DXは情報システム部門の仕事ではない
業務プロセスや部門間の役割分担を変える場合、現場の担当者だけでは決めきれない事項が出てきます。経営者は解決する課題の優先順位を示し、部門間で判断が分かれたときに決定します。
対象部門、変更する業務、決定権を持つ人が明確になったら、具体的な設計へ進めます。
例えば営業部門は入力項目を減らしたくても、受注後の担当者は引き継ぎ情報を必要とする場合があります。双方が必要な項目と使う場面を示し、経営者が業務全体で残す情報を決めます。
決定後は、入力する側と使う側の双方が記録を確認できるかを確かめます。受け取る側が判断に使えなければ、項目名を増やす前に、入力内容の定義と受け渡す時点を見直します。
経営者のためのDX入門では、経営者が担う判断と、現場に任せる業務を整理しています。
ビジョンと中期経営計画にDXを組み込む
個々の投資を評価する前に、会社として改善したい顧客体験や、特定の担当者に依存している業務を確認します。
その上で、計画する投資がどの経営課題に対応し、どの状態になれば次の投資を検討するかを記載します。目指す状態を説明できない案は、対象業務と期待する変化を再確認します。
計画には、導入する製品名だけでなく、変える業務、変更を担う人、確認する記録を記載します。投資案が複数ある場合は、同じ課題に対する案なのか、異なる課題への投資なのかを分けます。
後者を一つのROIで比較しきれない場合は、経営上の優先順位を先に決めます。優先順位を決めた理由と、後回しにした課題を見直す条件も残しておくと、次の投資判断につなげられます。
目指す状態の定め方はDXビジョンの策定ガイドで、投資や業務変更を計画に反映する方法は中期経営計画にDXを組み込む方法で解説しています。
「守りのDX」と「攻めのDX」を分けて考える
- 業務効率化を目的とする投資 ── 作業時間や処理件数の変化で評価します
- 売上や新しい顧客価値を目的とする投資 ── 商談数、受注率など、目的に対応する指標を選びます
両方を狙う場合も、主な目的を決め、費用に換算できる効果と、別途追う指標を分けておくと比較しやすくなります。
工数削減と売上への貢献を同じ案で見込むなら、同じ作業の変化を両方の効果に重複して計上していないかを確認します。
例えば営業担当者の集計時間が減っても、その時間を商談に使い、さらに受注が増えるという見込みには、それぞれ別の根拠が必要です。
- 現状の記録から確かめられる効果 ── 試算に使います
- まだ確かめられない効果 ── 導入後の検証項目にします
どの指標で採否を決めるかが定まってから試算に進みます。売上側の投資判断は「攻めのDX」経営ガイドで、関連する概念の整理はデジタルマーケティングとDXの違いで確認できます。
スモールスタートで段階的に拡張する
最初の対象は、課題と効果を確認でき、運用を変える範囲を定められる業務から選びます。
ただし、他部門との情報の受け渡しが欠かせない業務では、部分導入の前に全体の設計が必要です。ここでは、対象業務の比較方法と拡張の条件を整理します。
小さく始めて成果を見せ、範囲を広げる
営業管理を最初の対象にするなら、次を先に決めます。
運用後は、記録が続いているか、導入前と同じ定義で指標を比較できるかを確認します。入力が定着せず効果を判断できない場合は、対象を広げず、項目や入力の手順を見直します。
試す範囲を決める際は、対象外の案件や業務との境界も明記します。境界で情報の転記が必要なら、その作業を誰が担い、拡張時にどう解消するかを記録します。
- 対象範囲の運用が続き、引き継ぎに必要な情報が欠けていないことを確認してから ── 次の範囲を選びます
- 対象外の業務で必要な情報が失われる場合は ── 拡張より先に境界の設計を直します
段階的に対象を広げる際の設計はスモールスタートDXの実践法で確認できます。
最初の対象業務を選ぶ判断軸
候補となる業務を並べ、測定のしやすさ、関係者、手作業、既存データの状態を同じ軸で比較します。
比較前に、各候補について次を書き出します。
- 現状を示す記録
- 変える作業
- 運用を決める人
- 他部門への受け渡し
記録がない候補は効果を即座に試算せず、現状を測る方法から検討します。
| 判断軸 |
優先度を上げる条件 |
優先度を下げる条件 |
| 効果の見えやすさ |
受注件数や処理件数など、すでに数えている指標で変化を示せる |
効果を測る指標がまだ存在しない |
| 関係者の範囲 |
1部門内で完結する |
複数部門の業務変更を同時に伴う |
| 現状の手作業 |
転記や集計が毎月発生している |
手作業がほとんどない |
| 既存データ |
スプレッドシートなどに整理されたデータがある |
データがほぼ紙や個人の記憶にある |
条件を多く満たす業務でも、担当者が記録を続けられるかを確認します。対象業務の記録と報告が、従来のファイルへの二重入力なしに回る状態になったら、次の業務への拡張を検討します。
判断軸の結果が割れる場合は、条件の数だけで決めません。
- 効果を測りやすいものの関係者が多い候補なら ── 先に部門間の決定者と受け渡し方法を決めます
- 関係者は少ないものの記録がない候補なら ── 現状を記録する作業を先に行います
- どちらも整わない場合は ── 別の候補を先に試す判断ができます
比較結果を残すときは、候補ごとに「着手前に解くべき問題」と「試した後に確認すること」を分けます。例えば転記作業の記録はあるが受け渡しの責任者が未定なら、責任者の決定が着手条件です。
責任者が決まり、対象範囲で転記が減ったか確認できる状態になれば、継続や拡張の判断に進めます。
項目は最小限から始める
最初は、決めておいた判断やレポートに必要な項目を選びます。
項目を追加したい場合は、利用する判断、入力する人、入力する時点を確認します。使い道を説明できなければ追加を見送り、必要になった段階で再検討します。
項目の変更を管理する担当者も決めておきます。入力が滞る場合は項目を増やす前に、入力のタイミングと負担を確認してください。
- 項目が埋まらない原因が、入力時点で情報を得られないこと ── 入力を求める段階を変えます
- 情報はあるのに入力されない ── その項目を使う判断と担当者への伝え方を確認します
スモールスタートが向かないケース
基幹システムの入れ替えや法令対応を伴う業務では、部分導入の前に、新旧の仕組みの間でデータをどう受け渡すか、二重入力が生じるかを確認します。
- 対象業務を他部門のデータと切り離して運用できる ── 範囲を限定して始める案を検討します
- 切り離せない ── 関係するデータと業務を先に設計し、移行の順序を決めてから着手します
- 受け渡し方法が決まらない状態 ── 部分導入の範囲を確定しません
例えば受注後の請求に案件情報を使うなら、営業部門だけの入力変更でも請求側の確認方法に影響します。
渡す項目、記録を正とする場所、受け取る担当者を確認し、受注から請求まで情報を追える設計にしてから着手範囲を決めます。
DX投資の判断基準とROIの算出
投資案を比べるには、効果と費用を同じ対象期間で見積もる必要があります。現状の作業記録や見積書を根拠にし、確認できない効果は試算に混ぜず、導入後に測る指標として分けます。
ここでは、費用の整理、ROIの計算、見込みが変わった場合の確認方法を説明します。
投資額は「解決する課題の大きさ」から逆算する
売上高に対する一律の比率だけで投資額を決めず、対象業務で生じている工数や、解決したい課題との関係を確かめます。
- まず現状の作業時間と担当者を記録し、置き換わる作業を特定します
- 次に導入費用に加え、運用や保守など継続してかかる費用を確認します
候補案ごとに、次を分けます。
- 導入時だけ発生する費用
- 利用中に発生する費用
- 社内で必要な設定や研修の作業
現状維持でも続く作業と、導入後も残る作業を確認し、置き換わらない工数まで削減額に含めないようにします。見積もりに含まれない作業があれば、費用の確認事項として残します。
比較表には、現状維持の場合も並べます。現状維持で続く工数と、導入案で新たに生じる入力・確認作業を同じ範囲で示すと、どの費用が変わるのかを確認できます。
効果の根拠と費用の範囲を示せたら、複数の案を同じ期間で比較します。投資額の検討項目は中小企業のIT投資額の目安でも解説しています。
ROIの基本式
ROIを試算する際は、比較する期間を決め、効果と費用をその期間にそろえます。計算の考え方は次のとおりです。
ROIを検討する際は、同じ期間に見込む金額換算可能な効果と投資・運用費用を比べ、効果の根拠と費用の範囲を確認します。
式にすると、ROI=(対象期間の金額換算可能な効果-同期間の投資・運用費用)÷同期間の投資・運用費用です。
分母に何を含めたかを明示し、候補案の間で対象業務と期間をそろえます。費用や効果の範囲が違う案は、その違いを整理してから比較します。
- 売上の変化を効果に含める場合 ── 売上額をそのまま利益とみなさず、関連する費用を踏まえて見積もります
- 削減する作業時間も ── その時間が実際に別の業務に使えるか、費用の減少につながるかを区別します
- 初期費用と継続費用、見込みと実績 ── 混同しないことが大切です
| 要素 |
算出方法 |
見積もりの根拠にするもの |
| 年間削減コスト |
業務工数削減時間 × 時間単価 |
現状の作業時間の記録、担当者へのヒアリング |
| 年間売上増分 |
営業効率化による商談数増加 × 受注率 × 平均単価 |
過去の商談数・受注率・平均単価の実績 |
| 初期投資額 |
ツール費用、設定・データ移行、社内研修の工数 |
見積書、社内工数の試算 |
表は見積もりに使う情報を整理したものです。実際のROIでは、初期投資額だけでなく対象期間中の継続費用も含めます。
売上増分の根拠となる実績がそろわない場合は、それを確定した効果として計上せず、導入後に検証する仮説として示します。試算に使う数値の出所と前提が確認できたら、稟議用の比較に進みます。
- 例:商談数の増加を見込む場合 ── 過去の商談数と受注率を同じ定義で確認できなければ、売上増分の金額は置かず、商談数と受注率を導入後に追う指標にします
- 例:工数削減を見込む場合 ── 転記作業がなくなる一方で確認作業が新たに生じるなら、両方を作業の流れに沿って見積もります
試算は、見込んだ作業が置き換わる場合と、一部が残る場合を分けて確認します。作業が残っても投資判断が成り立つのか、成り立たないなら導入前に何を確かめるべきかを書き出します。
見込みが成り立つ条件を記載しておけば、導入後にどの前提を見直すべきか判断できます。
数字で示しにくい効果の扱い方
意思決定のしやすさや属人化の解消は、金額への換算根拠がないままROIに加えません。
代わりに、次のような、対象業務に合う観察方法を決めます。
- 売上見込みを確定するまでに要した日数
- 担当者以外が対応履歴を確認できる案件の状況
その指標を誰が、いつ、どの記録から確認するかまで定めておけば、導入後に評価できます。測定方法を決められない場合は、期待する効果の記述と、投資判断の根拠を分けて扱います。
例えば引き継ぎの改善を期待するなら、後任が記録から次の対応を判断できたかを確認します。判断できなかった場合は、欠けていた情報を特定して記録方法を見直します。
稟議を通すための提案書の組み立て
稟議では、課題と対策の関係に加え、試算の根拠と不確実な点を示します。現状のコスト、削減見込み、投資回収期間を同じ業務範囲で説明し、導入後に何を確認して次の判断を行うかまで提案書に含めます。
稟議で示す3つの要素
稟議では、次の要素をそれぞれの算出根拠とともに示します。
| 要素 |
示す内容 |
算出のしかた |
| 現状のコスト |
今の業務プロセスにいくらかかっているか |
人件費 × 工数で算出 |
| 削減見込み |
DX導入後にどれだけ工数・コストが削減されるか |
削減される作業を特定し、作業ごとの時間で積み上げる |
| 投資回収期間 |
初期投資がいつ回収できるか |
初期投資額 ÷ 月あたりの効果額 |
作業時間は実測した範囲を示し、削減見込みはどの作業が変わるかを添えて説明します。投資回収期間を試算する際の「月あたりの効果額」は、継続費用を差し引いた効果であることを確認してください。
効果が一定でない場合や回収額を見積もれない場合は、無理に回収時期を断定せず、評価時点と判断条件を示します。
審査する人が試算をたどれるよう、現状の作業記録、費用の見積もり、削減対象とした作業を対応づけます。削減見込みに合意できない場合は、作業がなくなる条件について現場と確認します。
例えば転記がなくなる前提なら、転記先を使う人が新しい記録を参照できるかも確認します。回収額を見積もれない場合でも、何を測れば次に判断できるかを提案書に残します。
提案書の構成
提案書は、課題から評価方法まで、判断に必要な情報が順に追える形にします。
- 経営課題:対象業務で何が起き、どの判断に影響しているか
- 現状のコスト:作業記録をもとに把握できた工数と費用
- 解決策:必要なデータ、業務の変更点、それを満たすツール
- 効果見込み:試算の前提、ROI、金額に換算せず追うKPI
- 投資回収期間と段階計画:費用を踏まえた回収の見通しと、次の判断時点
ツール名を示す際は、先に定めた業務要件との対応も記載します。要件を満たすか判断できない場合は、契約前に確認すべき事項として残します。
DX投資の稟議を通す方法では、試算の整理と提案書の書き方を紹介しています。
提案書を確認する際は、課題から効果見込みまで同じ対象業務を扱っているかを追います。
- 途中で対象範囲が変わっている ── 試算と導入計画をそろえ直します
- 誰が運用を決め、誰が実績を報告するかが空欄 ── 承認後の評価方法を確定してから進めます
2回目以降の稟議につなげる
最初の稟議で、導入後に使う指標、報告時期、拡張を判断する人を決めます。実績が見込みを下回った場合は、必要なデータが記録されているかを先に確認します。
- 記録が不足している ── 入力方法を見直します
- 記録がそろっていても効果が出ない ── 業務の流れと当初の見積もりを検証します
原因を整理し、変更後の運用を確認してから次の投資を判断します。
次の稟議では、当初の見込みと実績の差だけでなく、その差をどう調べ、どの運用を変えたかを示します。
- 記録の不足が解消していない ── 拡張の判断を保留し、比較できるデータを集めます
- 記録と運用が安定している ── 次に広げる業務で同じ条件が成り立つかを確認します
効果測定を仕組みにする
導入後の評価には、導入前後で比較できる記録が必要です。入力する場面、担当者、指標の定義を業務に組み込み、報告時期に実績を確認できる状態を作ります。
ここでは、指標の選び方と、見込みとの差が出た場合の見直し方を整理します。
多面的な指標で評価する
目的に対応する指標を選び、導入前の状態を記録します。複数の効果を期待する場合も、それぞれを何で確認するかを分けます。
| 指標のカテゴリ |
何を見るか |
指標の例 |
| コスト削減効果 |
業務効率化による工数の変化 |
集計・転記作業の時間 |
| 売上貢献 |
商談や受注への影響 |
商談数、受注率、平均単価 |
| 意思決定スピードの向上 |
経営判断に必要な数字がそろうまでの時間 |
月次見込みの確定までの日数 |
| 従業員満足度 |
現場の負担感や定着度 |
利用状況、社内アンケート |
最初は、対象業務の目的に直接対応し、現状と導入後を同じ方法で測れる指標を選びます。定義や記録元が異なる数値は、比較する前にそろえます。
DXの効果測定方法では、KPIの設計、ROIの確認、進捗の見方を解説しています。
- 例えば受注率を見るなら ── 商談として数える段階と受注として数える時点を決めます
- 導入前後でその定義が変わった場合は ── 変化をそのまま効果と判断せず、同じ条件で比較できる範囲を確認します
- 指標が改善しても現場の作業が増えているなら ── 追加された作業を費用や運用上の課題として確認します
データが入る仕組みを先に作る
営業プロセスであれば、各段階で判断に必要な情報を洗い出し、誰がいつ記録するかを決めます。必要に応じて、次の段階へ進む前に確認する項目を設定します。
入力が滞るなら、項目の必要性や入力する時点を見直してください。
必要な項目が明確であれば、新しい担当者も各段階で確認すべきことを把握できます。引き継ぎ時には、記録だけで判断できるかを確かめ、不足する情報を運用に反映します。
記録を確認する際は、入力率だけでなく、その情報で実際に判断できるかを見ます。
例えば進捗段階が入力されていても、次の対応を決めた理由が分からなければ、引き継ぎに必要な情報を追加します。一方、使われていない項目は、残す理由を確認してから入力手順を見直します。
HubSpotを使う場合は、設計したいパイプラインやプロパティが利用中の契約内容と業務要件に合うかを設計段階で確認します。
その結果を踏まえ、事業部ごとに分ける案とまとめる案を、担当者、報告、引き継ぎの方法で比較します。企業様によって最適な形は異なります。
PDCAを回すサイクルを決める
稟議で定めた指標と報告時期に沿って、次の順序で確認します。
- 計画:KPIの定義、記録元、担当者、報告時期を決める
- 実行:対象業務を運用し、必要なデータが記録されているかを確認する
- 評価:導入前後を同じ定義で比較し、見込みとの差を整理する
- 改善:差の原因をデータ、プロセス、ツールの順に調べ、必要な箇所を見直す
ダッシュボードを使う場合も、表示された値の定義と元データを確認します。欠けた記録が多ければ、効果の結論を出す前に入力方法を直します。
記録がそろっていても見込みとの差が続くなら、作業が当初の設計どおりに変わったかを確認します。
- 設計どおりに運用されていなければ ── 手順と役割を見直します
- 運用できているなら ── 効果を見積もった前提を再確認し、必要に応じて投資判断を更新します
見直した項目と理由を次の報告に残せば、拡張を判断する人も変化の経緯を追えます。
DXを経営課題に接続する:事業承継と顧客体験
業務効率だけを見ていると、引き継ぐべき情報や顧客対応の課題を見落とすことがあります。事業承継と顧客体験についても、現状の情報の所在と業務の受け渡し方から、取り組む範囲を判断します。
DXと事業承継:暗黙知を形式知にする
承継の準備では、経営者や特定の担当者だけが知る顧客情報、取引条件、対応上の判断を洗い出します。まず情報の所在と閲覧できる人を確認し、引き継ぎに必要な内容を記録する方法を決めます。
CRMやナレッジ管理ツールを使う場合も、記録する情報と更新する担当者を先に定めます。後継者が記録を見て対応を判断できるかを確かめ、不足する内容を補ってから運用範囲を広げます。
DXと事業承継では、情報の可視化と業務の引き継ぎ方を解説しています。
引き継ぎの確認では、資料が保存されているかだけでなく、後継者が取引の経緯と次の対応を説明できるかを確かめます。
説明できない場合は、次のどちらかを分けて直します。
- 判断の理由が記録されていない
- 必要な記録にアクセスできない
顧客体験(CX)のデジタル化
Webサイト、オンライン商談、カスタマーポータル、チャットサポートなどの顧客接点を検討する際は、顧客がどこで困り、担当者がどの情報を参照する必要があるかを確認します。
接点を増やす前に、問い合わせの履歴を誰が引き継ぐかを決めることが重要です。
顧客接点がメール・電話・チャットなどに分散している場合は、対応履歴の所在を調べます。次の画面は、HubSpotの受信トレイ画面(デモ環境)の例です。

窓口をまとめる案を検討するなら、顧客の記録と対応履歴をどう結びつけ、担当者が替わるときに何を確認するかを決めます。
引き継ぎに必要な履歴を追える状態になったら、対応方法の改善を評価します。顧客体験(CX)とDXでは、顧客接点の見直し方を解説しています。
改善案を比べるときは、問い合わせを受けた人から回答する人まで履歴を追います。
- 履歴は残っているのに回答に必要な情報が見つからない ── 記録する内容や探し方を見直します
- 履歴そのものが途切れる ── 窓口間の受け渡し方法を先に決めます
ビジネスモデル変革と組織文化
既存業務で蓄積したデータを、顧客への提供価値や事業上の判断に使えるか検討します。使う目的が定まらなければ、収集する情報を増やす前に、どの意思決定につなげたいかを明確にします。
業務の進め方を変える際は、現場が困る点と部門間の役割分担を確認します。
提供価値の検討はDXによるビジネスモデル変革の進め方で、変更を定着させるための取り組みはDX推進に必要な組織文化の作り方で解説しています。
新たな使い方を検討する場合は、そのデータを誰が記録し、どの判断に使い、顧客への対応がどう変わるかを順に確かめます。記録の目的を現場と共有できなければ、収集項目を増やす前に用途と責任者を決めます。
一気通貫のデータの流れでDXを設計する
部門ごとに異なるツールを使う場合は、顧客との最初の接点から請求まで、情報の受け渡し先と担当者を追います。
同じ内容を入力し直す箇所や、必要な情報が途切れる箇所を特定してから、連携や運用の変更を検討します。ここでは、データ、AI、ツール選定の判断方法を整理します。
コンタクト → 取引 → 顧客 → 請求をつなぐ
CRMで管理するコンタクト、会社、取引、チケットなどの情報について、どの記録が受注後の業務に必要かを確認します。
請求側へ渡す項目、受け取る担当者、確認する時点を決めると、入力の重複や情報の不足を見つけやすくなります。
次の画面は、HubSpotの取引レコード上に、見積・取引先や請求イベントの一覧を表示する連携カードを配置した例です。

連携を検討する際は、再入力している項目を洗い出し、どちらの記録を正とするかを決めます。受け渡す項目と確認方法が定まったら、対象となる仕組みで実現できるかを比較します。
受け渡しの確認には、実際の案件をたどります。営業側では値があっても請求側で意味が異なる項目があれば、名称だけで同一視せず、入力する時点と使う目的を確認します。
受け渡し先で必要な情報が確定してから、連携する項目と更新方法を決めます。
AIを組み込むときの役割分担
HubSpotのAI機能であるBreezeを含め、AIの活用を検討する際は、任せる作業と人が確認・決定する作業を先に分けます。次の表をたたき台に、扱う情報と業務上の責任に合わせて決めてください。
| AIに任せやすいこと |
人が判断すること |
| 問い合わせ内容の分類 |
パイプラインやプロセスの設計 |
| レコードの要約、議事録の作成 |
最終的な送信・提案の判断 |
| 企業情報のリサーチ、メールの下書き |
大型案件へのアプローチ |
| データの整理・分類 |
営業戦略やビジネスルールの意思決定 |
下書きや分類結果を使う場合は、担当者が元の情報と照合し、送信や確定を判断する手順を決めます。確認する人と基準が定まらない作業は、対象を広げる前に運用を設計します。
例えば問い合わせの分類を試すなら、担当者が元の問い合わせと分類結果を見比べ、対応先を判断できるかを確認します。
判断に必要な情報が要約から抜けるなら、元の記録を参照する手順を残し、任せる作業の範囲を見直します。
自社に合う設計を優先し、ツールは比較で選ぶ
BtoB・BtoCという区分だけで設計を決めず、自社の顧客接点、商談の進み方、部門間の引き継ぎを確認します。各段階で記録する項目と判断する人を定め、その運用を実現できるかでツールを比較してください。
候補間で判断が分かれたら、必要な業務を同じ条件で試し、記録と引き継ぎのしやすさを確認します。
試す際は、同じ案件の流れと同じ担当者の役割を使い、入力、確認、引き継ぎまで進めます。
- どちらの候補でも必要な情報が残らない ── 製品の採否を決める前に業務要件を見直します
- 情報は残るが運用負担が異なる ── 継続して記録できるかを担当者と確かめます
よくある質問
Q1. DX投資の適正額はどのくらいですか?
一律の金額で決めず、対象業務の現状の工数、期待する効果、初期費用と継続費用を確認します。効果と費用を同じ期間で比べ、根拠がある案から検討してください。効果をまだ見積もれない場合は、先に現状を測定し、次の投資判断に使う指標と報告時期を決めます。候補案で業務範囲が違う場合は、比較する対象をそろえてから判断します。
Q2. DXは何から始めればよいですか?
経営課題を言葉にし、その課題を確認するためのデータと業務プロセスを整理します。対象業務を他部門から切り離せるなら、範囲を限定して運用と効果を確かめます。切り離せないなら、情報の受け渡しを含む全体設計を先に行ってください。必要な条件がそろってからツールを選びます。最初の対象を決めきれないときは、現状の記録、関係者、手作業、部門間の受け渡しを候補ごとに並べて確認します。
Q3. DX投資のROIはどのように計算すればよいですか?
比較する期間を決め、「対象期間の金額換算できる効果から投資・運用費用を引いた額」を「同じ期間の投資・運用費用」で割って算出します。削減する作業と継続費用を確認し、売上の増加を見込む場合は関連する費用も考慮します。金額に換算する根拠がない効果はROIに含めず、導入後に測るKPIとして示してください。試算後は、使った記録、見積もりの前提、導入後に確認する条件を残します。
Q4. 事業承継とDXは同時に進めるべきですか?
承継に必要な情報が個人の記憶やメールに分散しているなら、業務のデジタル化とあわせて整理できます。まず顧客情報や取引条件の所在を確認し、誰が記録を更新し、後継者がどう参照するかを決めてください。記録を見て業務を引き継げるか確認してから、対象を広げます。引き継げない場合は、情報が欠けているのか、参照方法に問題があるのかを分けて見直します。
まとめ
DX戦略は、経営課題から投資後の評価までを一続きの判断として設計します。
- 経営課題から始める:対象業務の課題について経営層が合意し、必要なデータとプロセスを定めてからツールを比較します。
- 着手範囲を見極める:他部門と切り離せる業務は範囲を限定して試し、切り離せない業務は情報の受け渡しを先に設計します。
- 効果と費用を同じ期間で比べる:ROIには根拠のある効果と投資・運用費用を使い、金額に換算できない効果は別のKPIで追います。
- 実績から次の投資を判断する:記録の不足、業務の流れ、試算の前提を順に確認し、必要な箇所を見直してから対象を広げます。
最初の作業として、同じ情報を入力し直している業務か、集計に手間がかかっている業務を選び、次の順序で整理してください。
- 作業の流れと担当者を確認し、現状の作業時間や記録を集める
- 解決する課題を明文化し、必要なデータとプロセス、着手範囲を決める
- 効果と費用を試算し、導入後のKPI、報告時期、次の投資に進む条件を稟議に記載する
- 現状の記録が不足する ── 測定方法を先に決めます
- 他部門との受け渡しが未定 ── 着手範囲を確定する前に関係者と設計します
- 作業が想定どおり置き換わらない場合 ── 試算でも確認します
これらの条件がそろった案から試し、実績を確認して次の判断につなげてください。
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