物流の見積管理とは、1枚の見積書を作る作業ではなく、方面別・車格別の料金表を明細として持ち、それをいつ誰とどう合意したかを残す作業です。 料金表は取引にぶら下がる商品項目として持ち、改定交渉は通常の受注とは別のパイプラインで進めます。 この形にしておくと、次の改定交渉のときに「前回どの区間をいくらで合意したか」を数秒で出せます。
「去年いくらで受けていたか、担当者に聞かないと分からない」——運賃改定の話が出るたびに、この確認から始まっていないでしょうか。
物流の見積は、他業種の見積とは性質が違います。1つの契約の中に、方面別・車格別・重量帯別の単価が何十行も並びます。しかも改定は全項目一律ではなく、「関東向けの4t車だけ上げる」「附帯作業料を新設する」といった部分改定が普通です。この構造をExcelの見積書ファイルで管理していると、最新版がどれか分からなくなり、合意した根拠も残りません。
この記事では、HubSpotを例に、運賃の料金表と改定交渉をCRM上でどう管理するかを整理します。運送会社・倉庫会社で価格の管理を担っている方、値上げ交渉のたびに過去資料を探している方に向けた内容です。次の4点がわかります。
- 料金表を商品項目でどう持つか ── 何を1行にするかの粒度の決め方です
- 改定交渉を進める仕組み ── 通常受注と分けたパイプラインの設計です
- 過去の条件を残す方法 ── 更新のたびに新しい取引を作る理由を説明します
- 見積機能の要件と現実解 ── HubSpotで使える範囲と、使えない場合の代替を示します
読み終える頃には、自社の料金表をCRM上でどう持つかの方針が立つ状態になります。ぜひ最後までご確認ください。
なぜ運賃の見積はExcelから離れられないのか
まず、この領域が属人化しやすい理由を整理します。原因は担当者の怠慢ではなく、運賃という価格の構造にあります。
小規模事業者が過半を占める産業構造
国土交通省物流・自動車局貨物流通事業課の集計では、令和7年3月31日現在、貨物自動車運送事業者62,383者のうち保有車両10両以下が34,164者で54.8%、従業員数10人以下が30,759者で49.3%を占めています(貨物自動車運送事業者数(規模別))。資本金別に見ても、1千万円以下の事業者が41,942者で約67%を占めます。
価格管理を専任で担う人がいない規模の会社が過半数という構造は、料金表がExcelに残り続ける現実的な理由になっています。だからこそ、専用の価格管理システムではなく、すでに使っているCRM上で持てる形にする価値があります。
単価が1つに決まらない
運賃を難しくしているのは、同じ荷主でも条件の組み合わせで単価が変わるという点です。
| 変動要因 |
例 |
| 方面 |
関東圏、中部圏、関西圏、それ以上の遠距離 |
| 車格 |
2t、4t、10t、トレーラー |
| 荷姿・重量帯 |
パレット単位、才数、重量帯別 |
| 附帯作業 |
手積み手降ろし、仕分け、検品、待機 |
| 時間帯 |
早朝、深夜、指定時間 |
これらの組み合わせが、1つの契約の中に数十行から数百行として存在します。1つの取引に「金額」という項目を1つ持たせるだけでは、この構造は表せません。
改定の履歴が消える
もう1つの問題は履歴です。Excelの見積書を上書き保存していくと、前回の単価が消えます。次の交渉で「前回は据え置いたので今回はお願いしたい」と言おうとしても、据え置いた事実を示す資料が手元にないという状況が起きます。
料金表を商品項目でどう持つか
ここからが設計です。運賃の料金表を、CRM上でどう表現するかを決めます。

これは特定の企業の実装ではなく、物流の料金体系を一般化した設計例です。
1行の粒度を決める
最初に決めるのは、商品項目の1行が何を表すかです。実務でよく使われるのは次の3つです。
| 粒度 |
1行の意味 |
向いているケース |
注意点 |
| 方面 × 車格 |
「関東・4t車・1台あたり」 |
一般貨物の区間輸送 |
行数が方面数×車格数に増えます |
| 品目 × 単位 |
「常温品・パレット1枚あたり」 |
倉庫保管・共同配送 |
車格差が表現できません |
| 業務 × 月額 |
「センター構内作業・月額」 |
3PLの包括契約 |
内訳が見えなくなります |
判断の目安は、値上げ交渉のときにどの単位で議論するかです。 「関東の4tだけ上げたい」という会話をするなら、方面×車格が1行であるべきです。交渉の単位と明細の単位を一致させると、そのまま交渉資料になります。
附帯作業は必ず別行にする
運賃本体に附帯作業を含めてしまうと、後から分離できません。待機料・手積み手降ろし・仕分けは、金額がゼロでも独立した行として持ってください。ゼロ円の行があること自体が、「今は無償で受けている」という事実の記録になります。改定交渉で最も通しやすいのは、この無償対応の有償化です。
商品ライブラリーとの使い分け
HubSpotでは、製品ライブラリーに標準の商品を登録しておき、見積作成時に呼び出す運用ができます。あわせて、見積もり固有のカスタム商品項目を作ることもできます(見積もりを作成して送信する)。
物流の場合、方面×車格の組み合わせをすべてライブラリーに登録すると数百件になります。現実的な運用は次のどちらかです。
- 代表的な組み合わせだけライブラリーに置く:頻出の20〜30行を登録し、残りは案件ごとに追加する
- ライブラリーは使わず、前回契約の取引を複製する:更新契約が中心の会社ではこちらのほうが速くなります
商品カタログの整備そのものはHubSpotの商品カタログ設定で扱っています。
改定交渉をパイプラインで進める
料金表を持てたら、次は改定の進め方です。ここでの要点は、改定交渉を通常の新規受注と同じパイプラインに入れないことです。

新規受注と改定は別のパイプラインにする
新規受注のステージは「引き合い→見積提示→受注」と進みます。一方、改定交渉のステージはすでに取引がある相手に対して条件変更を申し入れるプロセスで、性質がまったく違います。
同じパイプラインに混ぜると、受注率や平均リードタイムといった数字が意味を失います。パイプラインを分ける判断基準はHubSpotパイプライン設計ガイドで整理しています。
改定パイプラインの段階
改定交渉のステージは、次のように組むと運用しやすくなります。
- 改定方針の決定:どの荷主のどの区間を、いつからいくら上げるかを決めます
- 根拠資料の作成:燃料費・人件費・待機時間などの変化を数字で示します
- 提示:申入書を出した日を記録します。ここが交渉開始日になります
- 協議:先方の反応と、譲歩できる範囲を記録します
- 合意 / 見送り:合意なら適用開始日と改定後の単価を確定します
見送りになった場合も、取引を削除しないでください。 「いつ申し入れて、なぜ見送りになったか」が、次の交渉の最重要資料になります。失注理由と同じ考え方です。
承認を挟む場合
社内で価格の決裁が必要な会社では、提示前に承認を入れます。HubSpotの見積もり機能は Revenue Hub の Professional・Enterprise で利用でき、内部の承認者による確認プロセスを設定できます。複数の承認者を指定でき、却下の際は変更依頼とフィードバックを返せます(見積もりを作成して送信する)。
見積もり機能を使わない場合は、取引ステージの移行時にプロパティーの入力を必須にする方法で代替できます。承認者の氏名と承認日を必須項目にしておけば、記録としては成立します。承認フローの組み方は製造業の見積承認フロー設計でも扱っています。
改定対象をどう選ぶか
料金表と履歴が揃うと、次に「どの荷主から交渉するか」を決められるようになります。ここが管理を仕組み化する最大の実利です。
選定の3つの軸
改定対象は、感覚ではなく次の3つの軸で機械的に絞り込めます。
| 軸 |
見る項目 |
優先すべき状態 |
| 経過期間 |
最終改定日 |
2年以上改定していない |
| 収益性 |
附帯作業の無償行の数 |
無償で受けている作業が多い |
| 関係性 |
直近の取引件数の推移 |
取引が増えているのに単価が据え置き |
このうち最も交渉が通りやすいのは、3つ目の「取引は増えているのに単価が変わっていない」荷主です。 依存度が上がっている相手ほど、条件を見直す会話がしやすくなります。
一斉改定と個別改定を分ける
燃料費の高騰のように外部要因が明確な場合は、全荷主への一斉改定になります。一方、個社の事情(待機時間の増加、附帯作業の追加)による改定は個別交渉です。
この2つを同じパイプラインで扱うと、進捗が読めなくなります。 一斉改定は「何社に提示し、何社が合意したか」の数を追う管理、個別改定は1社ごとの経緯を追う管理で、見るべき数字が違うためです。取引に「改定区分=一斉/個別」のプロパティーを持たせて、レポートで分けられるようにしておいてください。
現場の情報を交渉材料に変える
改定の根拠で最も強いのは、現場で起きている事実です。待機時間が延びた、指定時間が厳しくなった、附帯作業が増えた——こうした情報はドライバーと配車担当が持っています。
これを荷主の拠点レコードにメモとして残す運用にしておくと、交渉のときに根拠を探し回らずに済みます。 完璧な記録は要りません。「いつ、どの拠点で、何が起きたか」の3点だけで、提示資料は作れます。
過去の条件をどう残すか
改定管理の価値は、履歴が残ることにあります。ここを設計しないと、CRMに入れても以前と変わりません。

取引は更新のたびに新しく作る
同じ取引を上書きし続けると、去年の単価が消えます。契約更新のたびに新しい取引を作り、前年の取引はそのまま残すのが原則です。
こうしておくと、荷主の会社レコードから過去の契約を一覧でき、改定率の推移が追えます。荷主・拠点・契約をどう持つかの全体像は物流業のCRMデータ設計で扱っています。
残すべき3つの項目
履歴として最低限持ちたいのは、次の3つです。
- 改定率:金額ではなく率で持つと、規模の違う荷主同士を比較できます
- 据え置き回数:何回連続で据え置いたかは、次の交渉の最も強い根拠になります
- 適用開始日:いつから新単価かが曖昧だと、請求と食い違います
集計は計算プロパティーで自動化する
HubSpotの計算プロパティーは各製品の Professional 以上で利用でき、ロールアップ集計では最小値・最大値・件数・合計・平均・最早の日付・最新の日付の7種類が使えます。集計対象は、特定の関連付けラベルが付いた関連付けだけに絞り込むこともできます(計算プロパティーを作成する)。
荷主の会社レコードに「最終改定日」(契約主体ラベルの取引の最新の日付)を持たせておけば、2年以上改定していない荷主が一覧で拾えます。これが改定対象を選ぶ最初のリストになります。
正直に言うと、CRMだけでは足りない部分
運賃管理をCRMに載せても、次の2つは残ります。
- 実際に請求された金額との突合:確定請求は請求システム側の数字です。CRMの契約単価と請求実績が合っているかの照合は、別途仕組みが要ります
- 原価との対比:1便あたりの原価は配車・労務のデータから作るもので、CRMには持てません。採算の判断は基幹側の数字と合わせて行う必要があります
CRMが担うのは、「合意の内容と経緯を失わないこと」です。ここを取り違えると、期待外れになります。見積から請求までの流れ全体の設計は見積から請求までの業務設計にまとめています。
よくある質問
物流の見積・運賃改定の管理について、ご相談の場でよくいただく質問をまとめました。
Q1. 料金表が数百行あります。すべて商品項目に入れるべきですか。
全部を入れる必要はありません。直近1年で実際に動いた行だけを入れてください。契約書に載っていても実際には動いていない行が相当数あることは珍しくありません。使われていない行を入れると、更新のたびに全行を確認する作業が発生し、続きません。使わない行は契約書の別紙として残し、CRMには稼働している行だけを持たせます。
Q2. 見積書そのものをHubSpotで発行する必要はありますか。
必要ありません。HubSpotの見積もり機能は Revenue Hub の Professional・Enterprise が要件になるため、プランによっては使えません。書面はこれまでどおりExcelやWordで作り、CRMには明細のデータだけを持たせる運用でも、履歴を残すという目的は達成できます。判断の分かれ目は、電子署名やオンライン決済まで含めて一本化したいかどうかです。
Q3. 改定交渉のパイプラインは、荷主が少なくても分けるべきですか。
荷主が10社に満たない場合は、無理に分けなくても構いません。ただしその場合も、取引に「案件種別=新規/改定」のプロパティーは必ず持たせてください。後から荷主が増えたときに、この項目があれば分離できます。項目が無いまま数年運用すると、過去分の分類ができなくなります。
Q4. 荷主から提示された料金表をそのまま入れると、自社の管理単位と合いません。
自社の管理単位を優先してください。荷主側のフォーマットに合わせると、荷主の数だけ管理形式が増えます。CRMには自社の粒度で持ち、荷主提出用の書式は出力時に組み替えるのが持続する形です。どうしても対応が取れない場合は、荷主の行番号を商品項目のメモに残しておくと突合できます。
Q5. 燃料サーチャージはどう持てばよいですか。
運賃本体とは別の行として持ってください。 サーチャージは基準価格と適用率が外部指標で動くため、本体単価に含めると改定のたびに全行を書き換えることになります。別行にしておけば、サーチャージの行だけを更新すれば済みます。あわせて「基準となる指標名」と「改定の頻度」をプロパティーで持たせておくと、根拠の説明が楽になります。
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まとめ
物流の見積・運賃改定の管理は、価格そのものではなく「合意の経緯」を残す設計です。要点を整理します。
- 料金表は取引にぶら下がる商品項目として持つ。1つの金額項目では運賃の構造を表せません
- 1行の粒度は交渉の単位に合わせる。方面×車格で議論するなら、明細もその単位にします
- 附帯作業は金額ゼロでも別行にする。無償対応の記録が、次の交渉の材料になります
- 改定交渉は新規受注と別のパイプラインにする。混ぜると受注率の数字が意味を失います
- 契約は更新のたびに新しい取引を作る。上書きすると過去の単価が消えます
- 改定率・据え置き回数・適用開始日の3つを必ず残す。据え置き回数が最も強い交渉根拠になります
最初の一歩としておすすめしたいのは、「主要な荷主3社について、直近2回の改定でいくら上げたか(または据え置いたか)を書き出す」ことです。すぐに書き出せないなら、それが今の管理で失われている情報です。
そのうえで、次の更新契約から取引を新しく作り、明細を商品項目で持たせる。ここから始めるのが現実的です。
自社の料金体系に合わせた管理の仕組みを具体的に検討したい場合は、StartLinkの無料相談でご相談ください。現在の料金表と改定の進め方をうかがったうえで、設計の方向性をご提案します。