ターゲット企業への施策を部門ごとに終わらせず、顧客体験をつなぐ設計がABXの核心です。
マーケティングが把握した関心を営業が知らない。営業が聞いた導入時の期待を、カスタマーサクセスが引き継いでいない。同じ企業との接点でも情報が途切れると、顧客は担当者が変わるたびに説明を繰り返すことになります。
ABX(Account-Based Experience:アカウントベースドエクスペリエンス)は、ターゲットアカウントとの接点を、マーケティング・営業・カスタマーサクセスがつながった体験として設計する考え方です。大切なのは施策を一斉に増やすことではありません。顧客の状態を確かめ、次の担当者が判断するために必要な情報を渡すことです。
本記事では、ABMとの違いを整理したうえで、部門間の役割、共有する情報、HubSpotを使う場合の確認点、対象を絞った導入手順を解説します。
本記事は「AIマーケティングとは?BtoB企業の活用事例と導入ステップ」シリーズの一部です。 この領域の全体像はAIマーケティング最前線で体系的に整理しています。
この記事でわかること
部門間の引き継ぎに課題がある場合、どの接点から確認し、何が整えば次へ進めるかを整理します。
- ABXとABMの違い — 対象部門、時間軸、評価指標を比較し、自社で途切れている接点を見つけます。
- 顧客体験をつなぐ原則 — 顧客の疑問から接点をたどり、主担当と共有情報を決めます。
- 部門間の役割と判断 — アカウントの状態を確かめてから、各部門の行動を選びます。
- HubSpotを使う場合のデータ設計 — 会社を軸に、コンタクト、取引、チケットなどの情報を確認します。
- 導入と改善の進め方 — 対象を絞って試し、引き継ぎに失敗した場所へ戻って見直します。
読み進める際は、自社で情報が途切れやすい引き継ぎ場面を一つ思い浮かべてください。その場面の主担当、渡す情報、次へ進む条件を決めることが、ABXを実務に移す出発点になります。
ABXとは何か:ABMから広げる範囲
ABMで対象企業を選んでも、その企業との会話は獲得時点で終わりません。商談、導入、活用、更新へ進む間に担当部門が変わります。ABXでは、各部門の活動を顧客から見た一連の体験として確認します。
ABXの定義
ABXは、ターゲットアカウントの購買に関わる人や利用担当者との接点を、部門をまたいで設計する考え方です。
- 個人への情報 ── その人に届ける情報を考えます。
- 会社内の会話 ── 同じ会社の別の担当者との会話も視野に入れます。
- 契約後の支援 ── 契約後の接点まで含めて設計します。
パーソナライゼーションBtoB完全ガイドで扱う接点ごとの対応を、会社単位でどうつなぐかを考える際にも役立ちます。
まず、対象企業の「誰が、何に関心を示し、どの部門と話したか」を確認します。接点は把握できているのに次の担当者がその情報を使えないなら、施策を追加する前に記録先と引き継ぐ場面を決めます。
ABMとABXの違い
| 比較項目 |
ABM |
ABX |
| 対象部門 |
マーケティング中心 |
マーケ+営業+CS全体 |
| フォーカス |
キャンペーン・リーチ |
顧客体験(エクスペリエンス) |
| 時間軸 |
獲得フェーズ中心 |
獲得〜拡大〜更新の全ライフサイクル |
| 成功指標 |
MQL、パイプライン |
顧客体験スコア、NRR、LTV |
| データ活用 |
インテントデータ・ターゲティング |
体験データ・エンゲージメントデータ |
| 部門間連携 |
情報共有レベル |
戦略・実行・指標まで部門をまたいで統合 |
| 顧客視点 |
企業が選んでアプローチ |
顧客が状況に合った体験を受ける |
表は、取り組みの範囲を比べるための整理です。自社でどこに課題があるかは、実際の引き継ぎを見て判断します。
例えば獲得施策から商談までは情報が渡っていても、契約後に聞いた要望が更新時の担当者へ戻っていない場合があります。
その場合は獲得施策から作り直すのではなく、要望の記録先と共有先を決めます。
ABXが必要になる場面
判断の分かれ目は、同じ企業との接点を各部門がつなげて見られるかどうかです。マーケティングの反応履歴、営業の商談記録、カスタマーサクセスの支援履歴を照合できないなら、まず企業の識別方法をそろえます。
情報を照合できるのに引き継ぎが止まる場合は、記録を増やす前に「誰が、どの場面で、何を確認するか」を決めます。
対象企業を一つ選び、次の担当者が実際に判断できるかを確かめてから、ほかの企業や接点へ広げます。
ABX実践の原則:顧客の接点から設計する
ABXを実務に移す際は、顧客の疑問を起点に接点を描き、主担当を決め、必要な情報を渡し、契約後も見直します。途中で次の行動を決められなければ、その判断に必要な情報と担当者へ戻ります。
顧客が感じる摩擦を見つける
出発点は、顧客が次の判断をするために何を知りたいかです。
ABM(アカウントベースドマーケティング)とは?基礎から実践まで徹底解説で扱う対象企業の選定に続き、その企業の関係者がどの接点を通り、どこで同じ説明を求められているかを書き出します。
- 提案前に関心を尋ね直す場合 ── 例えば、マーケティングが把握した関心と営業が本人に確認すべき意向を分けます。
- 関心が未共有の場合 ── 引き継ぎを直します。
- 共有後も会話が進まない場合 ── 顧客の疑問に答える資料や質問の仕方を見直します。
アカウントチームの受け渡しを決める
部門横断の連携では、接点ごとに主担当を明らかにします。
- マーケティングから営業へ ── 反応の有無に加え、関心を示した内容を渡します。
- 営業からカスタマーサクセスへ ── 契約内容に加え、提案時に話した期待や懸念を渡します。
受け取った担当者が次の対応を決められない場合は、理由を切り分けます。
- 判断材料が未記録 ── 記録する内容を決めます。
- 記録はあるが未到達 ── 参照する場面と共有のタイミングを見直します。
受け取った側が実際に行動を決められたら、その受け渡しをほかの案件にも使える形にします。
状態に応じて行動を選ぶ
アカウントの状態に応じて部門の行動を組み合わせるには、最初に「何を確認したら、誰が動くか」を決めます。反応を検知しただけで顧客へ一律に連絡するのではなく、既存の会話や商談状況と照らし合わせます。
- 商談中 ── 営業が提案を主導し、マーケティングは必要な情報を用意します。
- 契約後に利用上の懸念が見えた場合 ── カスタマーサクセスが状況を確かめ、営業にも関わる内容なら共有します。
- 通知を使う場合 ── 受け取る人と次の確認事項が決まっているかを先に確かめます。
顧客への連絡内容は、担当者が確認した状況に基づいて決めます。
契約後も同じ企業の体験として扱う
導入時に聞いた課題と、利用中に寄せられた要望を照合します。
- 内容に変化がある場合 ── 変化を記録し、支援や次の提案を考える担当者へ渡します。
- 変化が見えない場合 ── 予定した支援が顧客に届いているかを確認します。
- 支援が届いていない場合 ── 内容や連絡の場面を見直します。
- 届いても疑問が残る場合 ── 何が解決していないかを聞き直します。
こうして判断の理由と次に確認する点を残すと、担当者が変わった後も会話を引き継げます。
マーケティング・営業・CSの連携設計
「情報を共有する」という方針だけでは、実際の引き継ぎは決まりません。役割ごとの主担当と、アカウントの状態に応じた行動を確認し、次の担当者が何を判断するかまで具体化します。
以下の表は役割と行動を検討するための例です。
役割ごとの主担当と連携先
| 役割 |
担当業務 |
連携ポイント |
| マーケティング |
認知・関心の醸成、コンテンツ提供 |
インテントシグナルを営業に共有 |
| インサイドセールス |
初期接点の構築、商談化 |
マーケのエンゲージメントデータを活用 |
| フィールドセールス |
提案・交渉・クロージング |
CSの既存顧客情報を参照 |
| カスタマーサクセス |
オンボーディング・活用支援・更新 |
アップセル機会をマーケ・営業に連携 |
- 資料に反応があっても次の質問が決まらない場合 ── 反応した内容と過去の接点を営業に添えて渡します。
- 契約後の相談が更新や追加提案に関わる場合 ── カスタマーサクセスが顧客から聞いた内容と未確認の点を分けて営業へ共有します。
引き継ぎが止まった場合は、主担当と記録先を確認します。情報があるのに見つけられなければ、受け取る担当者が普段確認する場面で参照できるかを見直します。
アカウントの状態別に行動を組み合わせる
| アカウントの状態 |
マーケのアクション |
営業・CSのアクション |
| Web訪問が急増 |
業種別コンテンツ広告を配信 |
営業:— CS:— |
| 資料DL+複数人が訪問 |
ウェビナー招待を送信 |
営業:アウトリーチメール送信 CS:— |
| 商談中 |
競合比較コンテンツを提供 |
営業:提案活動に注力 CS:— |
| 導入直後 |
活用事例を配信 |
営業:— CS:オンボーディング開始 |
| 利用率低下 |
再エンゲージメントコンテンツ |
営業:— CS:ヘルスチェック実施 |
| 契約更新前 |
ROIレポートを作成 |
営業:更新商談を設定 CS:ビジネスレビュー実施 |
表の行動を実行する前に、状態が確認できているかを見ます。「Web訪問が急増」「利用率低下」は、自社で何を見てそう判断するかを決める必要があります。
判断材料がそろわなければ、担当者が既存の会話や利用状況を確認します。
- 資料への反応と複数人の関与を確認した場合 ── 同じ企業で商談が進行中なら、営業への新たな連絡を増やす前に主担当へ共有します。
- 契約更新前 ── カスタマーサクセスが利用状況と相談内容を確かめ、更新商談が必要と判断した場合に営業へつなぎます。
- 複数部門が同じ質問をしている場合 ── 顧客との接点を担う担当者を決め直します。
指標は接点の改善に使う
表にあるMQL、パイプライン、顧客体験スコア、NRR、LTVは、見たい範囲が異なる指標です。どれを使うかは「どの接点の、何を改善したいか」を決めてから選びます。
商談への引き継ぎに課題があるなら、営業が必要とした情報が記録され、参照されたかを確認します。
- 記録がない場合 ── 記録内容を見直します。
- 記録はあるが未使用の場合 ── 参照する場面を見直します。
- 契約後の対応に課題がある場合 ── 提案時の期待と支援時に分かった状況を照合します。
指標の変化だけで原因を決めず、実際の接点の記録と合わせて判断します。
ABXを支えるデータとツール
ツールを検討する前に、各部門が同じ企業の情報へたどり着けるかを確かめます。会社、担当者、商談、契約後の相談を別々に見ていると、次の担当者が経緯を把握しにくくなります。
テクノロジースタックの役割
| カテゴリ |
役割 |
代表的なツール |
| CRM |
顧客データの一元管理 |
HubSpot、Salesforce |
| MA(マーケティングオートメーション) |
マーケ施策の自動化 |
HubSpot、Marketo |
| ABMプラットフォーム |
ターゲティング・インテント |
Demandbase、6sense |
| セールスエンゲージメント |
営業アクションの自動化 |
HubSpot Sales Hub、Salesloft |
| CSプラットフォーム |
顧客の健全性管理 |
HubSpot Service Hub、Gainsight |
| BI・アナリティクス |
横断的なデータ分析 |
HubSpot Reports、Looker |
すべてのカテゴリをそろえる前提で考える必要はありません。まず、対象企業を識別できるか、主担当が必要な履歴を見つけられるか、受け取った情報で次の行動を決められるかを順に確認します。
- 履歴を見つけられない場合 ── 情報の記録先や関係を整理します。
- 見つかっても受け渡しが止まる場合 ── 通知先や業務手順を見直します。
- 分析したい問いが明確になった段階 ── 必要なデータがそろっているかを確認します。
HubSpotで会社単位の情報をつなぐ
HubSpotで会社を軸に情報を確認する際は、対象企業に関わるコンタクト、商談の取引、契約後の相談を扱うレコードをたどれるかを見ます。
レコード同士の関連付けについては、HubSpot「Associate records」を参照してください。
- 対象企業を一つ選ぶ ── 接点となった人、進行中の商談、契約後の問い合わせを担当者が見つけられるか確認します。
- 不足する情報の記録先を決める ── 見つからない情報があれば、どのレコードに記録し、どの担当者が参照するかを決めます。
- 通知やレポートを検討する ── 必要な情報をたどれるようになってから、何を扱うかを検討します。
対象企業の選定では、営業とマーケティングで選定基準と理由を共有します。
HubSpotのABM設定は、機能と記録方法をHubSpot「Set up account-based marketing in HubSpot」で確認し、自社で実際に使う情報に合わせて検討します。
担当者が替わっても選定理由を追えるかが、記録方法を見直す目安です。
自動化する範囲と人が判断する範囲
担当者への通知を検討するなら、対象となる状態、通知を受ける人、通知後に確認する情報を先に書き出します。
HubSpotのワークフローの設定を確認する際は、HubSpot「Create workflows」を参照してください。
- 通知後も行動が決まらない場合 ── 条件を増やす前に不足する判断材料を確認します。
- 顧客への提案や連絡内容 ── 商談や支援の経緯を担当者が見て決めます。
- 繰り返す受け渡しの仕組み化 ── 担当者の判断が安定してから進めます。
ABX導入ステップ:対象を絞って試す
導入は、現状の確認、対象選定、接点と担当者の整理、記録先の確認、試験運用の順に進めます。各段階で次へ進む条件を決めておくと、引き継ぎがうまくいかなかったときに戻る場所が分かります。
次の図は、対象を絞って現状確認から試験運用へ進む流れを示します。自社で情報が途切れている段階を探す際に使ってください。

現状の分断を調べ、対象を選ぶ
- 記録先を書き出す ── マーケティング、営業、カスタマーサクセスが同じ企業の情報をどこに記録しているかを確認します。
- 企業情報を照合する ── 記録先が分かれている場合は、まず同じ企業の情報として照合できるかを確かめます。
- 必要な履歴を挙げる ── 照合できたら、各部門が次の判断に必要とする履歴を挙げます。
対象企業は、適合度、関係する担当者、現在の接点を確認して選びます。Tier別に整理する場合も、優先する理由を言葉で説明できることが先です。
理由を共有できなければ選定基準へ戻り、共有できた対象から接点の設計へ進みます。
接点と担当者を地図にする
対象企業について、認知、検討、商談、導入、活用、更新のうち関係する接点を並べます。
それぞれで顧客が知りたいこと、主担当、次の担当者へ渡す情報を記録します。会社全体の状況と、個人ごとの関心は分けて扱います。
- 次の担当者が未定の場合 ── 部門の境目に戻って主担当を決めます。
- 担当者が決まっても同じ質問を繰り返す場合 ── 引き継ぐ情報を見直します。
顧客の状況を受け取った人が説明し、次の行動を決められたら、記録先の確認へ進みます。
共通の記録先を整えて試す
接点と担当者が決まったら、情報の記録先と参照する場面をそろえます。HubSpotを使う場合は、対象企業の会社レコードを起点に、関係する人、商談、支援情報を担当者がたどれるか確認します。
試験運用では、引き継ぎを受けた担当者が、顧客の状況を判断できたかを確かめます。
- 判断できなかった接点 ── 選定理由、記録内容、参照する場面のどこが不足したかへ戻ります。
- 判断できた接点 ── そこから運用対象を広げます。
運用後は顧客体験の途切れを見直す
運用を始めた後も、顧客の状況や担当者は変わります。施策の実施数だけを見るのではなく、顧客が次の接点へ進む際に必要な情報が渡っていたかを確認します。
引き継ぎに失敗した接点へ戻る
- 営業が資料への反応を知らずに連絡した場合 ── マーケティングから営業への記録と共有の場面を確認します。
- CSが提案時の期待を把握できなかった場合 ── 取引から導入支援への引き継ぎを確認します。
顧客が同じ説明を繰り返した場面は、確認する接点を絞る手掛かりになります。
- 情報が未記録の場合 ── 記録する内容と担当者を決めます。
- 情報はあるが未読の場合 ── 参照するタイミングと共有先を見直します。
変更後は次の引き継ぎで、受け取った担当者が判断できたかを確認します。
ツールで補えない判断を残す
対象企業の優先順位や更新時の提案は、記録された接点に加え、顧客の現在の事情や意向を確かめて判断します。記録から分かる事実と、顧客へ確認が必要な点を分けておきます。
判断を担当者だけの記憶に残すと、交代時に経緯を追えません。判断した理由と次に確認することを、関係する企業や商談の情報とともに残します。
新しい担当者がその理由を読んでも判断できなければ、何が不足しているかを確認して記録方法を見直します。
よくある質問
ABMとABXの違いは何ですか?
ABMはターゲット企業への獲得施策を中心に考え、ABXは商談や契約後の支援も含めて顧客体験を設計します。自社で違いを考えるときは、獲得後の情報が次の担当者へ渡っているかを確認してください。渡っていなければ、その接点の主担当、記録先、次に判断する内容を決めます。
アカウントチームでは誰が何を担当しますか?
マーケティングが関心を把握し、インサイドセールスが初期接点を作り、フィールドセールスが提案を進め、カスタマーサクセスが導入後の支援を担う形が考えられます。企業様によって最適な形は異なります。役割名に合わせるより、接点ごとに主担当を決め、次の担当者が行動を選べる情報を渡せるか確認してください。
アカウントの状態に応じた連携はどう始めますか?
まず、対象企業の状態を何で確かめるか、その確認を誰が担うかを決めます。資料への反応があれば、営業は過去の接点や進行中の商談を確認し、連絡が必要かを判断します。通知を使う場合も、受け取った人の次の行動が決まってから範囲を広げます。
専用のABMプラットフォームは必要ですか?
先に、対象企業を識別できるか、各部門が必要な履歴を参照できるか、引き継ぎを受けた人が判断できるかを確認します。その運用で不足する情報や分析したい問いが明らかになった段階で、追加ツールの必要性を判断します。
まとめ
ABXは、ターゲットアカウントとの接点を、獲得から商談、導入、活用、更新までつなげて考える方法です。
実践の出発点は、部門を増やすことではなく、顧客の状態に応じて主担当、判断に必要な情報、次の行動を決めることです。
- 引き継ぎ場面を一つ選ぶ ── まず対象企業の現在の記録先で、必要な情報を見つけられるか確認してください。
- 判断できるかを確かめる ── 次の担当者が判断できなければ、記録内容と共有の場面を見直します。
- ほかの接点へ広げる ── 判断できたら、同じ手順をほかの接点にも使います。
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