「SECIモデルは理論としては理解できるが、実際の業務にどう落とし込めばよいかわからない」――ナレッジマネジメントに関心のある方から、こうした声が多く寄せられます。
SECIモデルは、一橋大学の野中郁次郎名誉教授と竹内弘高教授が1995年に著書『The Knowledge-Creating Company(知識創造企業)』で提唱した知識創造理論です。暗黙知と形式知の相互変換を通じて、組織が新たな知識を生み出すプロセスを体系化したもので、30年経った2026年現在でもナレッジマネジメントの最も重要な理論的基盤として世界中で参照されています。
この記事では、SECIモデルの各フェーズを実務に落とし込むための具体的な手法と、AI時代における新たな活用方法を解説します。
SECIモデルは、知識が以下の4つのプロセスを経て創造・拡大されることを示しています。
| プロセス | 変換の方向 | 核心 | 代表的な「場」 |
|---|---|---|---|
| 共同化(Socialization) | 暗黙知 → 暗黙知 | 体験の共有 | 現場、OJT、懇親会 |
| 表出化(Externalization) | 暗黙知 → 形式知 | 概念の創造 | 対話、ブレスト、振り返り |
| 連結化(Combination) | 形式知 → 形式知 | 知識の体系化 | 会議、データベース、マニュアル |
| 内面化(Internalization) | 形式知 → 暗黙知 | 実践を通じた体得 | 研修、シミュレーション、実務 |
この4つのプロセスは一方向ではなく、螺旋状に繰り返されます。一巡するごとに知識の質と量が向上し、組織の知識創造力が高まっていきます。
野中教授は、SECIモデルの各プロセスが効果的に機能するには適切な「場」が必要だと説きました。「場」とは、物理的な空間だけでなく、仮想空間や心理的な安全性を含む、知識共有が促進される環境のことです。
共同化は、言語化されていない知識を体験の共有を通じて伝達するプロセスです。「見て覚える」「一緒にやって感じる」がその本質です。
新人が熟練社員に同行し、商談や業務を間近で観察します。マニュアルには書かれない「判断の根拠」や「顧客の反応の読み方」といった暗黙知を体験的に吸収できます。
製造業では、若手が熟練工の隣で一定期間作業を行う仕組みが有効です。手の動き、力加減、音や匂いによる品質判断など、五感を通じた知識移転が実現できます。
異なる部門のメンバーが共同でプロジェクトに取り組むことで、それぞれの暗黙知が交差し、新たな気づきが生まれます。
リモートワークの普及により、物理的な共同体験の機会は減少しています。しかし、動画共有やリアルタイムの画面共有を活用することで、デジタル環境でも共同化は可能です。商談の録画共有や、作業プロセスの動画記録は、物理的な同行が難しい場合の代替手段として有効です。
表出化は、個人の暗黙知をメタファー、アナロジー、概念、モデルを用いて言語化するプロセスです。SECIモデルにおいて最も重要で、かつ最も難しいフェーズです。
プロジェクト完了後に「何がうまくいったか」「なぜそう判断したか」を対話を通じて言語化します。単なる報告会ではなく、判断の背景や直感の根拠を掘り下げることがポイントです。
「あのとき、なぜその判断をしたのか」を物語として語ることで、暗黙知が言語化されやすくなります。成功体験だけでなく、失敗体験のストーリーも貴重なナレッジです。
複雑な暗黙知を伝える際、メタファー(比喩)が有効です。野中教授の著書では、ホンダのシティ開発において「クルマの進化論」というメタファーが革新的なデザインを生んだ事例が紹介されています。
マネージャーが「あなたはなぜいつも〇〇の案件で成果を出せるのか?」と問いかけ、本人も自覚していないノウハウを引き出す対話手法も効果的です。
連結化は、既に言語化された知識を整理・分類・統合し、より体系的で活用しやすい知識体系を構築するプロセスです。
社内Wiki、FAQ、マニュアルなどに表出化された知識を体系的に整理します。カテゴリ設計と検索性の確保が重要です。ナレッジマネジメントツール比較で、ツール選定のポイントを解説しています。
一部門で成功した手法を文書化し、他部門に展開します。たとえば、営業部門で確立した商談プロセスを他の営業チームに標準的に適用する仕組みです。
CRM、SFA、会計システムなど複数のシステムに散在する情報を統合し、ダッシュボードで可視化することも連結化の一形態です。
2026年現在、AIは連結化プロセスを劇的に加速させています。GraphRAG技術を用いれば、社内に蓄積された大量の文書から知識の関連性を自動的に抽出し、ナレッジグラフとして構造化できます。パナソニック コネクトが開発した、AIエージェントがナレッジグラフを参照して回答する技術は、連結化の進化形といえるでしょう。
内面化は、マニュアルや研修で得た形式知を実践を通じて自分の暗黙知として体得するプロセスです。「知っている」を「できる」に変える段階です。
営業トークスクリプトを読むだけでなく、実際にロールプレイで練習することで、スクリプトの内容が暗黙知として定着します。
マニュアルで学んだ内容を実際の業務で適用する機会を意図的に設計します。メンターがフィードバックを提供し、実践と振り返りのサイクルを回します。
新しい手法やプロセスを小規模に試してみることで、形式知の理解が深まり、暗黙知として体得されます。
トヨタ自動車は、SECIモデルの最も優れた実践企業として知られています。
このサイクルが年間数十万回繰り返されることで、トヨタの生産システムは継続的に進化し続けています。
エーザイは「hhcee活動(human health care earth environment)」として、社員が患者やその家族と直接交流する機会を設けています。これはSECIモデルの「共同化」に該当し、患者の潜在的なニーズ(暗黙知)を研究者が体験的に理解するための仕組みです。
この共同化で得た知見を、医薬品の開発方針として言語化(表出化)し、研究開発プロセスに統合(連結化)、そして実際の創薬活動で体得(内面化)するというSECIサイクルが、エーザイの患者中心の医薬品開発を支えています。
野中教授は、SECIモデルの各プロセスに対応する4つの「場」を提唱しています。
| プロセス | 場の名称 | 特徴 | デジタル時代の例 |
|---|---|---|---|
| 共同化 | 創発場 | 感情・体験の共有 | 動画共有、VR研修 |
| 表出化 | 対話場 | 対話を通じた概念化 | オンラインワークショップ、Miro |
| 連結化 | システム場 | 知識のDB化・体系化 | 社内Wiki、ナレッジベース |
| 内面化 | 実践場 | 行動を通じた体得 | eラーニング、OJT |
すべての「場」に共通して必要なのが、心理的安全性です。「こんなことを聞いたら恥ずかしい」「失敗を報告したら評価が下がる」という心理が働くと、暗黙知の共有も言語化も進みません。GoogleのProject Aristotleが示したように、心理的安全性はチームの知識創造力を左右する最も重要な要素です。
AIナレッジ共有では、AIを活用したナレッジ共有の最新手法を紹介しています。
本記事では、野中郁次郎教授が提唱したSECIモデルの4つのプロセスを実務に落とし込むための具体的な手法を解説しました。
共同化(体験の共有)、表出化(暗黙知の言語化)、連結化(知識の体系化)、内面化(実践を通じた体得)の4プロセスを螺旋状に回すことで、組織の知識創造力は継続的に高まります。特に表出化が最も重要かつ困難なフェーズであり、構造化された振り返りセッションやストーリーテリング、1on1での知識引き出しといった手法が有効です。
トヨタ自動車の改善提案制度やエーザイのhhcee活動が示すように、SECIモデルを機能させるには適切な「場」のデザインと心理的安全性の確保が不可欠です。AI時代においても、暗黙知の共有と言語化は人間の役割であり、SECIモデルは「何をAIに任せ、何を人間が担うか」を整理するフレームワークとしても活用できます。
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1995年に提唱された理論ですが、AI時代においてむしろ重要性が増しています。AIが連結化を加速する一方で、暗黙知の共有(共同化)や言語化(表出化)は依然として人間の役割です。SECIモデルは「何をAIに任せ、何を人間が担うか」を整理するフレームワークとしても有効です。
「表出化」が最も重要かつ難しいプロセスです。暗黙知を形式知に変換する表出化がボトルネックになると、その後の連結化・内面化も機能しません。多くの企業が連結化(データベース化)に注力しがちですが、まず表出化の仕組みを整えることが優先です。
共同化のハードルは上がりますが、工夫次第で機能します。動画・画面共有による体験の疑似共有、オンラインワークショップでの対話促進、社内WikiやSlackでの日常的なナレッジ発信など、デジタルツールを活用した「場」のデザインが鍵です。
まず「表出化」の仕組みを1つ作ることをお勧めします。たとえば、週次の振り返りミーティングで「今週の気づき」を言語化し、社内Wikiに記録するだけでも、SECIサイクルの起点になります。